2012年9月29日土曜日

ダッソー ラファール(フランス海・空軍戦闘機)

情報元:Wikipedia(ダッソー ラファール)

ラファール(フランス語: Rafale)は、フランスのダッソー社が開発した戦闘機。フランス空軍・海軍でマルチロール機として運用されている。当初、フランスはイギリス、ドイツとの共同開発で欧州戦闘機開発を行っていたが、政治的理由(後述)で脱退。その後、単独で開発に着手し、完成させたのが同機である。 クロースカップルドデルタ (close coupled canard/delta) と呼ばれる無尾翼デルタ式にカナード翼を組み合わせた翼を持つ。機体名称は、フランス語で「疾風、突風」の意味。

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2012年9月28日金曜日

FFVS J22(スウェーデン戦闘機)

情報元:Wikipedia(FFVS J22)

FFVS J 22は第二次世界大戦中に造られたスウェーデンの戦闘機である。1942年9月21日に初飛行した。 第二次世界大戦に際してスウェーデンは中立を保ったが、隣国のフィンランド、ノルウェーが戦争に巻き込まれるのを見て、空軍力の整備に努力しなければならなかった。アメリカやイタリアからの戦闘機の輸入も必ずしも順調に行えなかったため、自国での軍用機開発がこころみられた。一つはFFVS (Flygförvaltningens Flygverkstad i Stockholm) 航空庁国立工場)のJ 22であり、もう一つがSAAB社のJ 21である。 FFVS J 22は鋼管骨組みに合板張りの片持ち低翼単葉の機体にプラット&ホイットニー ツイン・ワスプを無断でコピーしたエンジンを搭載した。(戦後ライセンス料を支払ったという。)バルティ社に技術習得にいっていた技術者ルンドベリが設計をおこなった。1000馬力級のエンジンで575km/hの最高速度というかなりの高性能機で、報道では「エンジン馬力に比率して世界最高速の航空機」と呼ばれた。戦後のスウェーデンの航空産業の発展の元になった機体である

2012年9月27日木曜日

ブリストル ボーファイター(イギリス空軍重戦闘機)

情報元:Wikipedia(ブリストル ボーファイター)

ブリストル ボーファイター (Bristol Beaufighter) は、第二次世界大戦でイギリス空軍が使用した双発の重戦闘機 (Heavy fighter)。開発はブリストル・エアロプレーン社。イギリス空軍の他、アメリカ陸軍、オーストラリア空軍でも使用されている。
本来は、長距離を飛行できる昼間戦闘機として開発されたが性能不足であったため、夜間戦闘機、戦闘雷撃機に転用され、終戦まで活躍した。

ボーファイターの起源は、同じブリストル社が開発した双発雷撃機ブリストル ボーフォートと全く別の試作戦闘機、ブリストル タイプ 151にまで遡る。
ボーフォートを元にした計画はトーラスエンジンと20 mm機関砲を装備した重武装の昼間爆撃機を目指したものであったが、関係者が死去したことにより計画は中断されてしまった。
タイプ151の計画は、当初、ハーキュリーズエンジン装備の単発戦闘機であったが、後に空軍の仕様書F37/35に沿った、アクイラエンジン装備の双発戦闘機に改められ、タイプ153、およびタイプ153Aと呼ばれた。しかし、この計画はウェストランド ホワールウィンドに敗れ、不採用となった。
その1年後、ブリストル社からの提案という形で、新たな双発戦闘機の仕様書が空軍に提出されるが、空軍の要求と合わなかったため、いくつかの仕様が検討され、結局、ボーフォートの機体を流用した、タイプ156が選択された。
この仕様は、ハーキュリースエンジンを2基、機首下にイスパノ Mk.II 20mm機関砲4門を装備しており、尾翼、外翼、降着装置をボーフォートと共通しているため、設計期間が短くて済み、生産転換も容易である点が特に評価された。
試作1号機は1939年7月に行われたが、性能は思わしくなく、各種改修を行っても最大速度は期待された539 km/hを下回る497 km/hしか出なかったが、機動性は概ね満足の行くものに仕上がっており、1940年7月、制式採用され、ごく少数機が、バトル・オブ・ブリテンの昼間迎撃にも参加している。
夜間戦闘機としての運用もほぼ同時に始まり、レーダーを搭載したタイプが、1941年ごろから、夜間戦闘機の主力として大きな戦果をあげている。
対艦攻撃機としてのボーファイターは、1942年11月に最初の部隊が編成されている。索敵、機銃掃射、爆撃、雷撃等、艦船攻撃用の複数の任務を1機種でまかなえる雷撃型ボーファイターの登場は、混成対艦攻撃の嚆矢となった。

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2012年9月26日水曜日

Z.1007(イタリア空軍爆撃機)

情報元:Wikipedia(Z.1007)

Z.1007はカント社(カンティエーリ・リウニーティ・デッラドリアーティコ)が開発した3基のエンジンを搭載したイタリア空軍の爆撃機。愛称はカワセミを意味するアルシオーネ (Alcione)。 試作機が1937年3月に初飛行し、1938年から生産が始まった。その年の10月にイタリア軍によるギリシャ侵攻(バルカン半島の戦い)で初投入され、1940年9月のバトル・オブ・ブリテンでも使用された。

カントZ.1007は、1935年から開発が開始された中型の陸上爆撃機である。設計主務者はフィリッポ・ザパタ(Filippo Zappata)技師。原型機は1937年3月に初飛行し、最高時速430km/h、航続距離2,800kmの性能を示した為、すぐに量産が開始されることになった。しかし、装備していたエンジン(イソッタ・フラスキーニ・アッソ10RC15 液冷エンジン)がややアンダーパワーであることが指摘され、エンジンをさらに強力な物に換装することになった。この型はZ.1007bisと呼ばれ、かなりの性能向上が見られたため1939年から生産開始された。Z.1007bisは本機の主力生産型になった。 カントZ.1007は、全木製の3発低翼単葉機で、イタリア空軍の他の主力爆撃機SM.79、BR.20に比べるとなだらかなラインを持ったより近代的な機体であった。速度や航続距離はSM.79を上回っており、武装や機体の信頼性はBR.20より優れていた。ただし、全木製の構造故に気候が極端な場所での運用には適しておらず、アフリカ方面の戦線では満足に働くことができなかった。バリエーションとして双尾翼と単尾翼の型が存在するが、性能的に大きな変化はない。 1940年9月からZ.1007bisがベルギーに派遣され、バトル・オブ・ブリテンにも導入された。ただし、爆撃の主力はBR.20で、本機は後方で牽制行動を主に行った。その後はギリシアを初めとするバルカン戦線と、シチリア、サルディニアを基地とする地中海方面を中心に活動した。戦線の拡大により、一部はアフリカ北部やソ連方面でも使用された。 1943年になって、さらに強力なエンジンに換装した型が出現した。これがZ.1007terで、爆弾の搭載量が減少したが最高速度は500km/hに向上し、航続距離も2,250kmに伸びた。 総生産機数は561機で、内訳は、Z.1007が35機、Z.1007bisが476機、Z.1007terが50機である。

2012年9月25日火曜日

CF-100 カナック(カナダ空軍戦闘機)

情報元:Wikipedia(CF-100 カナック)

CF-100 カナック(Canuck、「カナダ人」の意)はアブロ・カナダ社が製作したカナダ軍の全天候ジェット戦闘機。親愛の情を込めて「クランク」(Clunk、「ドスン」「ガタン」等に相当する擬音)とも呼ばれる。1950年に初飛行し、冷戦時代の防空に従事した。本機は、カナダで設計され、量産された唯一の戦闘機である。 乗員はパイロットと航法士の2名が縦に並び、翼は直線翼、エンジンはターボジェット2基を胴体の左右に並べて翼の上に置き、片発停止時の安定を確保していた。水平尾翼は垂直尾翼の中ほどに位置している。
CF-100は水平飛行では音速を超えられなかったが、1952年12月18日に、アブロ社のチーフ開発テストパイロットであるヤーノシュ・ズラコウスキが、CF-100 Mk.4の試作機によって30,000フィート(約9,000m)の高度からのダイブで音の壁を突破している。

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2012年9月24日月曜日

メッサーシュミットMe210/410(ドイツ空軍重戦闘機)

情報元:Wikipedia(メッサーシュミットMe210/410)

メッサーシュミット Me210/410 は第二次世界大戦前にドイツで開発された双発プロペラの重戦闘機である。

メッサーシュミット Bf110の後継機として開発された、Bf110と同じく双発二人乗りの駆逐戦闘機である。Me210の改良型がMe410で、Me410は、当初はBf110を上回る性能を発揮し連合国の爆撃機の迎撃に活躍した。 しかし後期になるにしたがい、爆撃機護衛の単発戦闘機の高性能化により活躍の場を失い、その後は本来の戦闘機としての任務よりも航続距離の長さを生かした偵察機、戦闘爆撃機としての任務に活躍した。

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2012年9月22日土曜日

サーブ 17(スウェーデン空軍偵察爆撃機)

情報元:Wikipedia(サーブ 17)

サーブ 17(Saab 17)はスウェーデンのサーブ社が開発した偵察爆撃機

本機の開発は当初、ASJA社(AB Svenska Järnvägsverkstädernas Aeroplanavdelning)によるL-10として1930年代後半に開始されたのだが、1939年のASJAとサーブ間の経営統合にともないサーブ 17と改称された。 急降下爆撃機として使用するため、設計にあたっては翼の強度が重視された。本機にはエンジンの異なる3種の派生型が存在する。B 17Aはスウェーデン製のプラット・アンド・ホイットニー R-1830を、B 17Bはライセンス生産のブリストル・マーキュリー XXIVを、B 17Cはイタリア製のピアジオ P.XIをそれぞれ装備している。 サーブ 17は通常の車輪のほか、スキーやフロートを装着可能であった。カバーの大きなランディングギアを下げることで、ダイブブレーキ代わりに用いることができるのは本機のユニークな特徴である。 初飛行は1940年5月18日で、スウェーデン空軍への配備は1942年である。しかし、当時はジェット機の時代が到来しつつあり、本機が運用された期間は短かった。スウェーデン空軍では1950年までに全機退役。そのうち46機はエチオピアに売却され1968年まで使用されている。