情報元:Wikipedia(Il-28)
Il-28(イリューシン28;ロシア語:Ил-28イール・ドヴァーッツァチ・ヴォースィェミ)は、ソ連の航空機設計機関であるイリューシン設計局が開発した中型のジェット爆撃機である。DoDが割り当てたコードネームはIl-28がType 27、Il-28UがType 30。北大西洋条約機構 (NATO) の用いたNATOコードネームでは、「ビーグル」("Beagle")と呼ばれた
Il-28の原型機が初飛行したのは1948年7月8日である。1949年にソ連空軍に引き渡された。機体の特徴として、大きなエンジンが主翼に直接埋め込まれた双発レシプロ機のような形状をしていることである。パイロットは胴体上面に張り出したキャノピー部のコックピットに操縦士が搭乗し、航法士と爆撃手は機首部にある風防部分に搭乗していた。このレイアウトは第二次世界大戦中の中型爆撃機と類似していたが、そのほかには様々な技術が導入されていた。
尾翼は35度の後退翼を取り入れている。エンジンは、初期量産型ではイギリス製ロールス・ロイス ニーンのソ連生産版であるクリーモフ RD-45を、後の量産型ではRD-45の改良型であるクリーモフ VK-1を装備した。 爆撃兵装は胴体内の爆弾倉に搭載し、標準爆弾搭載量は1000 kgから3000 kgである。
Il-28は世界の多くの国に輸出されていた。ソ連側諸国が結成していたワルシャワ条約機構の加盟国のほか、アフリカ諸国にも輸出されており、中国においてもH-5としてライセンス生産された。
1965年11月11日に中国人民解放軍所属のIl-28のパイロットが台湾に亡命飛行し、乗員1名は追撃機による攻撃で死亡したが、乗員2名は台湾に到着した。かれら2人にたいして台湾当局は「反共義士」として表彰し、2名に金塊35kgずつを与えたという。
ソ連では1960年までに3000機程で生産を終了したが、中国では最近まで生産を続けていた。現在では中国でも退役し、北朝鮮で少数が戦術爆撃機として現役である。
またアルバニア空軍でも使用されていたが退役し、西側にも広く公開されて有名であったルーマニア空軍のH-5も、偵察型・複座型を含め全機が退役している。